NEW! 【取材記事より】企業のWHYマガジン|GREIGE の取材記事です。

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「答え」が秒で出る時代に、なぜ私は「沈黙」を待つのか思考の“底”にこそ、人が生きる手触りがある

「返事はすぐじゃなくていいですよ。
じっくり十秒、二十秒、三十秒かかってもいいですから」

株式会社ブロード・コムの代表、稲田昇氏は、対話の冒頭で優しくそう伝えるそうです。

沈黙が訪れると、現代人は恐怖を感じます。
何か話さなければ、と焦ります。しかし稲田氏は、あえて「待つ」ことを約束します。

「本来人間の持つ力っていうのは、うーんとこう考えて。本当にね、こう底の方から出てくるんですよ」

便利なツールが溢れる今、私たちは「うーん」と唸る時間を失いつつあります。

検索すれば、AIに聞けば、綺麗な答えが瞬時に返ってくるからです。

しかし、稲田氏はその利便性の裏にある「退化」を危惧しています。

「答えが浅いんですね。言葉が真空を通ってないというか、薄いんですよね」

誰かから聞いた話、ネットで見た情報。
それらを継ぎ接ぎした言葉は、どれほど流暢でも「自分の言葉」ではありません。

心の底を通っていない言葉に、人を動かす力は宿らないのです。

「枠」にはまった正解は、現場では役に立たない

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稲田氏がこれほどまでに「自分の頭で考えること」にこだわる理由。
それは、彼自身が既存の「正解」に失望した経験があるからです。

かつて商社マンだった彼は、独学でコーチングを学び始めました。
さらに専門性を高めるため、いくつかのスクールに通いました。

そこで彼が目にしたのは、綺麗に整備された「枠」でした。

「既存のコーチングでね、いろいろな枠に入ってるんですよ。
協会の枠ってあって、片っ方フレームを作っちゃってるんですね」

資格や定義、マニュアル通りの手順。教えられた通りにやれば、形にはなります。

しかし、稲田氏は強烈な違和感を覚えました。

「そんな枠に入れたやり方が、実際の場面で使えませんよって」

現場の人間は、教科書通りの反応などしません。
一人ひとり違い、その時々で感情も揺れ動きます。

「ここもか、ここもか」

どこのスクールに行っても、実践とはかけ離れた「型」ばかり。

彼は悟りました。誰かが作ったフレームワークに頼っている限り、目の前の人の心は動かせない、と。

「稲田さんがコーチングを立ち上げてください。稲田さんがやらんといかん」

共に学ぶ友人たちが資金を出してまで彼に懇願したのは、
彼が「借り物の言葉」ではなく、自身の泥臭い実践知で語っていたからでした。

AIには描けない、「ピカチュウ」という戦術

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「自分の頭で考え、相手の心に届く言葉を探す」

その力が奇跡を起こした原体験があります。
仕事の傍ら、子供たちのバスケットボールチームを指導した時のことです。

彼が引き受けたのは、1勝もできない弱小チームでした。

「負け癖がついてて。勝てるなんて思ってない」

そんな子供たちに、高度な戦術論や抽象的な精神論を説いても響きません。

稲田氏は、 どうすれば、彼らの「スイッチ」が入るのか。

彼は子供たちにこう叫びました。

「いいかみんなピカチュウの動きだ。ピカピカって動くんだ」
「今度ナルトの影分身で行け」

AIであれば、決して導き出さないであろう指示です。

しかし、子供たちは目を輝かせました。難しい理屈ではなく、彼らの心が躍る言葉を選んだのです。

さらに、ただのドリブル練習にも「競争」の火をつけました。

「よーいどん、でタイマー計るんですね。するともうむちゃくちゃ必死にドリブルして」

理屈ではなく、感情を動かす。
その結果、1勝もできなかったチームは県大会で優勝し、全国大会への切符を手にしました。

「やっぱり人は伸びるんだっていうのをですね、確信しましたしね」

マニュアルに依存せず、目の前の相手を見て、自分の頭で考え抜く。
その泥臭いアプローチこそが、人の可能性を爆発させるのです。

「依存」の先にある、思考停止という病

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今、AIは進化し、人の心に寄り添うような言葉さえ紡ぎ出します。

「最近AIもなんかもう褒め言葉とか使ってきますし。否定しないんですよね、基本的には」

「いい質問ですね」と同調し、心地よい肯定をくれるAI。
しかし、稲田氏はその「優しさ」に危うさを感じています。

「頼りすぎると依存症になっていきますね。依存するとAIの言う通りになってしまいます」

それは、自分の人生の操縦席を他者に明け渡すことと同じです。
思考することをやめ、提示された答えに「はい」と従うだけの存在になってしまう。

「洗脳状態になって。ある日突然、あなたは存在価値がありませんとか言い始めて」

極端な話に聞こえるかもしれません。

しかし、自分の軸を持たずに外部の答えに依存し続けることは、それほど脆く、危険なことなのです。

だからこそ、稲田氏のコーチングでは「考えるための余白」を作ります。

「普段あんまり考えないところまでグーッと考えてくださいね。私は待ちますからって」

すぐに答えを出さなくていい。
その前提を作ると、人は初めて安心して自分の言葉を探し始めます。

「うーん」と唸り、思考の底から言葉を汲み上げる。
そのプロセスこそが、依存から脱却し、自分を取り戻す唯一の方法なのです。

「愛(Ai)」と「AI」の優先順位

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稲田氏は現在、5年で100人の「本物のプロコーチ」を育てる目標を掲げています。

AI時代だからこそ、人間同士の摩擦の中でしか得られない成長の場を守るために。

「人間関係によって人間関係、ものすごく摩擦が起こりますよね。
だからこそ、人間関係によって人は一番成長できるんですね」

インタビューの最後、稲田氏は穏やかな笑顔でこう語りました。

「AIってね、読み方変えたら愛になるはずなんですよね。
だから愛を優先してAIを使うという、優先順位間違えたらダメなんですよ」

取材後記
効率、スピード、正解。ビジネスの世界でこれらは正義とされます。
しかし、稲田氏の話を聞き終えた今、その「正義」が少し色褪せて見えました。

沈黙を恐れず、自分の心の底にある澱(おり)のような感情や言葉をすくい上げる。

その非効率な営みの中にこそ、私たちが人間として生きる「手触り」があるのではないでしょうか。

あなたが今、口にしようとしているその言葉。それは、本当にあなた自身のものですか?